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自然に身を任せる(老子の教えより)

2010.08.30

うまく生きるコツはいろいろあるが、これなどはその中の本命といえるんじゃなかろうか。
順番から言えば、まず自力をつけて、自力で何事もやろうとしなければ絶対にダメだよ。
他人依存や成り行きまかせは良い結果は絶対に得られない。
どんなことでもまずは、自力でやらなければ世の中が開けない。
これが第一。
次は、その自力、自分の力というものには、どうやら限界があることが解ってくる。
こうしてやろう、ああしてやろうと思惑をもってやっても、もの事はそうならない。
いやむしろ、そう思ってやればやるほど旨く進まない。
そこで登場するのが「自然の力」だ。
この世には、一杯にこの力が流れている。
この力の淒さといったら、例えようもない。
何しろ一刻一刻この力が働いてこの地球上の全ての生物を健全に成長させているんだよ。
こんなに淒い力はないんだ。
実は人間の実力とは、如何にこの自然の力を活用出来るかにかかっているんだ。
つまり実力とは「自分の力+自然の力」で出来上っている。
達人や真のプロといわれている人達は、実はこの自然の力を活用するのに長けている人をいうんだよ。
その理屈を説いているのが「老荘思想」なんだが、人間もある程度の領域へ分け入ると、ここが解からないと、全く実力が発揮出来ないことになる。
自力3分、自然力7分といったところか。
これが5分、5分だと、やはり旨く行かない事が起きる。
あのイチローからして、好調の時は、3分、7分なんだが、スランプの時は5分、5分になってしまっている。
おしい事だよ。
ここを知る事だよ。
さぁ、では自然の力を活用するコツとは何か。
ズバリいえば「自然に身を任せる」ことだ。
それはどうすることなのか。
「無私と無力」だ。
心の中の作為的、人為的な思惑を消し去って、そして全身の力を抜く。
空っぽの状態、肩の力を抜いた自然体の状態で、ここぞという時、ここぞという事に臨むんだ。
「無心」ということだよ。
無心になってそのことに取り組むんだよ。
するとどうだろう。
この世にある自然の力、例えば野球やゴルフでいえば遠心力や求心力がしっかり働くようになる。
ボールの流れさえも気の流れでコントロールが出来るかの様に思えてくる。
更にこの世の中に流れているいくつもの波に乗り、「波乗り」サーフィンの感覚で自然とスーと遠くまで運ばれて行くあの感覚が得られるんだよ。
こんな快適な状態は無いから、自然と喜びが身体の奥底から湧き上って来るものなんだ。
この感覚を持続させることは、なかなか難しい。
ちょっと旨く行くと直に欲が出てしまうからだ。
心と身体に力が入ってしまう。
これじゃ、自然の力も見極わめられないよ。
だから修業、修養があるんだ。
世界一企業をつくるイチローモデル

2010.08.16

日本の財政再建の決め手は、やはり税収を如何に上げるかにあります。
その為には当然の事ながら日本経済も一段と活性化させねばなりません。
ではその有効策は何かということになります。
夢があって意欲的になれて、しかも可能性も大きいというプランでなくてはなりません。
そこで出てくるのが、様々な分野領域で「世界一企業」を日本の中から輩出させてはどうかというアイデアです。
世界に冠たる世界一企業が日本の中から続々と誕生し、世界に対する貢献度が増加するということは、当然日本の経済の活性化を生むだろうし、何しろ若人達に将来に対する夢を与えることになる。
とても素晴しいのではないかと思うのです。
そこで問われるのは、何といっても世界一になる為の戦略です。
そこで何か画期的な有効策はないだろうかと、あれこれ思考を巡らせてみました。
そこで気付いたことは、実際に世界一の存在になった日本人、あるいは日本企業に学んでみたらどうかということでした。
何かセオリーを見出せないだろうか。
いろいろな企業を考えてみましたが、普遍性を保有している成功例はなかなかない。
そこでやはり、これこそと焦点が当ってくるのが「イチロー」です。
これほど日本人の特性を活かして世界一に到達した人はいないのです。
そこには日本人ならでは、あるいは日本人の強味を活かした世界一企業へのプロセスが見出せるのではなかろうかと思わせるものが、確かにあるのです。
そこで「イチロー研究」がスタートしました。
イチローに関する書物をあらかた集め、熟読してみたということです。
そこでつくづく痛感させられたことがあるのです。
何とこれほど「老荘思想」を旨く活用して、一流選手になった人はいないのではないか。老荘思想の本格的応用では、この人に優る人はいないと断言出来るほどなのです。
増々興味は高まるばかりです。
老荘思想を40数年扱って来た、いや、老荘思想で生きて来たといえる私からいっても、こんなに見事に老荘思想を活用しているケースはないと思うのです。
そこで、少々遠回りをする様ですが、ものの本質を明確にする為にも、「イチローを老荘思想で解明する」ことをまずやってみようということになりました。(つづく)
空(から)っぽの素晴しさ(老子の教えより)

2010.08.05

自分の身体の中で調子の悪い臓器、特に痛みを感じる胃とか心臓などは、ここに胃がある、ここに心臓があると示すことが出来るものなんだよ。
つまり痛みを感じるとか不調の臓器は自分でその場所を差すことが出来るんだ。
しかし、順調極まりない時は、何処に胃があるのか、心臓があるのかなどは、はっきりしない。
だから、はっきりしないことは良いことなんだ。
順調なものは曖昧なものなんだよ。
だから、最もひどい状態を言えば、例えば満腹だ。
腹一杯食べ過ぎた時は、身動きするのも厄介になる。
ただゴロンと横たわっているだけという情け無い状態になる。
更に苦しくなったり、気分が悪くなってしまう。
つまり「過ぎる」ということは人間を不自由にしてしまうほどの恐ろしいことなんだ。
これは、自分の身体ばかりじゃあない。
いま、手に持ったコップにいっぱいに水を注がれてしまうとどうなるか。
こぼすまいとするから、身体を動かすことも出来ない。
つまり、何事もこれ以上は入らないといういっぱいの状態などは、決して良いことじゃないんだ。
人間を不自由にしてしまう原因だよ。
では、どういう状態が一番良いのか。
それは「空っぽ」なんだよ。
まず、胃も空っぽの時が一番いい。
何故なら身体が軽い。
更に心も空っぽが一番いい。
何か心配事や悩みがあって、それで心がいっぱいになってしまうと、「心ここにあらず」、聞いても聞こえない。
見ても見えない。
つまり人間じゃない状態になってしまう。
折角おいしい料理などを食べても、味さえわからない。
これじゃ、料理が泣くというものだ。
だから心はいつも空っぽがいい。
空っぽにする秘訣を教えようか。
「欲張らないこと」だよ。
あれもこれもいっぱいに欲しいと思えば思うほど、君は「いい人性(せい)」を失い、「強欲人間性」の顔や姿に一変し、世にも恐ろしい人間となるんだ。
「いい人性」とは人間の善良な部分だ。
なるたけこれを発揮するように自分を仕向けることだ。
その為にも「空っぽ」が一番いい。


5月以来体調不良につき、このブログも休みがちでさぞ期待を裏切ったことでしょう。
その間多くの方々から励ましのメールを戴き、恐縮至極!!
しかしそれがどれほど「元気の素」になったことか。
人間、やはり反応次第というところがある。
是非皆さんからの返信を戴ければ、この猛暑ものり切れることでしょう。
頑張ってまた、メッセージをお届けしたいと思っていますよ。